だぶんろぐ | 創作倉庫

短い文章と揚げ物が好きです。

サバ缶

会社の帰り、猫の喧嘩を見ていた。この喧嘩の面白いところは争いの原因が少し不可解な点である。猫はサバ缶を巡って争っていた。サバ缶と言ってもサバ缶の中身でなくまだ開けていないサバ缶自体である。推測するに近所の餌をやる人がサバ缶の中身を皿に移さずに缶に入ったまま与えるので、この中に餌が入っていると覚えたのではないか?猫の知能には詳しくないがそう推測した。
猫はお互い毛を逆立たせて威嚇し合い、引っ掻き引っ掻かれ、血を流しながら戦っていた。すぐそばでサバ缶が静かに光っていた。
戦いは互角のように見えたが、何か決定的なものがあったようで、勝敗が決まり負けた猫は血をポタポタ垂らしながら去っていった。勝った猫も相当手負いであったが早速サバ缶に近づき触り始めた。
だが猫の手の構造上蓋を開けられるはずもなく、猫はサバ缶をいたずらにいじりまわすだけだった。しばらく経ったあと名残惜しそうにサバ缶を後にしその場を去っていった。地面には二匹の赤い血のシミができていた。
次の日また猫が例のサバ缶を巡って喧嘩していた。
しかも昨日とは別の二匹である。
私はなんだかいたたまれない気持ちになった。この開けることのできないご馳走のために何匹が血を流すのか。
私はここで喧嘩を終わらせようと二匹の猫に近づきサバ缶を手に取った。私がプルタブに指を掛けると二匹は喧嘩を止めてこちらをじっと見た。
蓋を開けた瞬間待っていたかのようにサバ缶に向かって二匹の猫は同時に勢いよく飛び込んだ。猫の身体はサバ缶の中へ吸い込まれ、消えていった。
私は理解が追いつかなかった。サバ缶を中を覗くと深い穴のように真っ黒だった。
しばらく呆然としていると私の周りに猫がだんだん集まってきて次々にサバ缶の中に飛び込み始めた。大量の猫たちはまるで排水口に流した絵の具のようにサバ缶を中心に吸い込まれていった。猫の流れの中を私はただただ立ち尽くしていた。サバ缶に向かって飛び込む猫が時折私にぶつかったが猫は一瞥もくれなかった。
それからどのくらい経ったか猫は一匹もいなくなり静かになった。猫の毛が空に舞っていて空の月が霞んで見えた。私は我に帰ってサバ缶を恐る恐る覗いてみた。なんとサバ缶の中身は普通の鯖の身に戻っていた。匂いを嗅いでみても青魚特有の生臭い匂いがするだけだった。混乱していた私はなんとなくサバ缶を人目のつかないところへ移動させ家に帰った。次の日サバ缶はなくなっていた。
その日以来この辺りで猫を見かけなくなった。 
あの向こうには猫の楽園でもあったのだろうか。